心配事。その事で死ぬことはありますか?

お題「どうしても言いたい!」

あがり症。

 

人前にでること、人と接する事で、通常の自分を保てなくなるような状態。

 

自分もそのタイプの人間である。

 

 

よく、聞く言葉として

 

「恥ずかしくて死ぬ事がある?」

 

みたいな、

 

半ば煽り気味に見えるようなアドバイスをみたり聞いたりすることがある。

 

 

死ぬ事はない。

 

 

ただ死ぬより辛いだけだ。

 

 

 

この世には死ぬ事より辛いと感じることはたくさんあると思っている。

 

 

なぜなら誰も「死」を経験してから「生きている」人間

 

 

などいないからだ。(霊的なものは今回考えない)

 

 

「死」が辛いということはわかる。

 

だが、それは何が辛いのだろうか。おそらく辛いのは

 

周りの関係者

 

 

なのではないのだろうか。

 

 

当の本人は考えることも感じることもできない。

 

 

経験したことがないことに対しては漠然とした恐怖しか抱くことができない。

 

 

先ほどもいったが

 

「恥ずかしくて死ぬ事がある?」

 

というアドバイスは、アドバイスになってないのである。

 

 

ただ、

 

 

心配性の人は(自分も含めて)

 

 

自分のことを大した人間

 

と思っているのではないだろうか。

 

 

優れていると思っているからこそ、

 

本当は相応の結果なのに

結果が上手くだせないように思ってしまう

 

自分の能力に不釣り合いな結果を想像してしまうことで

それが心配する種になっている

 

 

そのように思う。

 

考え直していこう。人間は大したものではない。

 

 

大した存在に見せかけるのが上手なだけだ。

 

そして勝手にプレッシャーを感じてしまう。

 

その感情が無駄だと気づくことができれば

 

 

少し生きやすい世の中になるのではないか

 

 

 

堀江さんの本を見ると少しは心配性、上がり症な自分が変えられるかもしれない。